大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和50年(ワ)587号 判決

原告

冨田桂子

右訴訟代理人

辻巻真

辻巻淑子

被告

丹羽久章

被告

松本光男

被告

松本すま子

被告

山梨稔

右四名訴訟代理人

祖父江英之

被告

加藤義栄

被告

佐藤安雄

被告

山中昭三

右三名訴訟代理人

佐藤正治

右訴訟代理人

青木茂雄

池田伸之

主文

一  被告松本すま子は原告に対し、別紙第一物件目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五〇年四月八日から右明渡済に至るまで一ケ月金一万円の割合による金員を支払え。

二  被告丹羽久章、同松本光男は原告に対し、連帯して昭和五〇年四月八日から別紙第一物件目録(三)記載の土地のうち別紙図面(オ)(ワ)(ヘ)(リ)(チ)(ト)(オ)を順次結ぶ直線で囲まれた部分を明渡すまで一ケ月金一一万七七六五円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求はいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一二分し、その一を被告丹羽久章、同松本光男の連帯負担とし、その一を被告松本すま子の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し

(一) 被告丹羽久章及び被告松本光男は別紙第二物件目録(一)記載の建物を収去して

(二) 被告山梨稔は右建物のうち東端の一戸(平家床面積約一〇平方メートル別紙図面①部分)から退去して

(三) 被告松本すま子は右建物のうち東端から二戸目の一戸(二階建、床面積一階約四〇平方メートル、二階約三八平方メートル、別紙図面②部分)から退去して

(四) 被告加藤義栄は右建物のうち東端から三戸目の一戸(二階建、床面積一階約一九平方メートル、二階約一二平方メートル、別紙図面③部分)から退去して

(五) 被告佐藤安雄は右建物のうち東端から四戸目の一戸(二階建、床面積一階約一九平方メートル、二階約一二平方メートル、別紙図面④部分)から退去して

(六) 被告山中昭三は右建物のうち西端の一戸(二階建、床面積一階約一九平方メートル、二階約一二平方メートル、別紙図面⑤)から退去して

それぞれ別紙第一物件目録(二)(三)の土地のうち別紙図面の(ニ)(ホ)(ヘ)(リ)(ト)(ニ)を順次結ぶ直線で囲まれた部分(約一〇九平方メートル)を明渡せ。

2  原告に対し、昭和五〇年四月八日から

(一) 右被告山梨稔の退去までは同被告、被告丹羽久章及び被告松本光男は連帯して、右退去の翌日から右被告丹羽久章及び被告松本光男の建物収去土地明渡済に至るまでは被告丹羽久章及び被告松本光男が連帯して、一ケ月につき金一万二四七七円の割合による金員を、

(二) 右被告松本すま子退去済に至るまでは同被告及び被告丹羽久章並びに被告松本光男が連帯して、右退去の翌日から右被告丹羽久章及び被告松本光男の建物収去土地明渡済に至るまでは被告丹羽久章及び被告松本光男が連帯して、一ケ月につき金四万九九〇八円の割合による金員を、

(三) 右被告加藤義栄退去済に至るまでは同被告及び被告丹羽久章及び被告松本光男が連帯して、右退去の翌日から右被告円羽久章及び被告松本光男の建物収去土地明渡済に至るまでは被告丹羽久章及び被告松本光男が連帯して、一ケ月につき金二万三七〇六円の割合による金員を、

(四) 右被告佐藤安雄退去済に至るまでは同被告及び被告丹羽久章並びに被告松本光男が連帯して、右退去の翌日から右被告丹羽久章及び被告松本光男の建物収去土地明渡済に至るまでは被告丹羽久章及び被告松本光男が連帯して、一ケ月につき金二万三七〇六円の割合による金員を、

(五) 右被告山中昭三退去済に至るまでは同被告及び被告丹羽久章並びに被告松本光男が連帯して、右退去の翌日から右被告丹羽久章及び被告松本光男の建物収去土地明渡済に至るまでは被告丹羽久章及び被告松本光男が連帯して、一ケ月金二万三七〇六円の割合により金員を、

(六) 右被告丹羽久章及び被告松本光男の建物収去土地明渡済に至るまで被告丹羽久章及び被告松本光男は連帯して一ケ月金二四九五円の割合による金員を、

各支払え。

3  被告松本すま子は、原告に対し、別紙第二物件目録(二)記載の建物及び別紙第一物件目録(一)記載の土地並びに同目録(二)(三)記載の土地のうち別紙図面の(ロ)(ハ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ロ)を順次結ぶ直線で囲まれた部分約一三九平方メートルを明渡し、かつ、昭和五〇年四月八日から右建物土地明渡済に至るまで、一ケ月につき金四万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら全員)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は別紙第一物件目録(一)(三)記載の土地(以下「(一)(三)土地」のようにいう。)を所有している。

(二)  (二)土地及び別紙第二物件目録(二)記載の建物(以下「(二)建物」のようにいう。)はもと被告松本光男(以下「光男」という。)の所有であつた。

(三)  訴外山田静男(以下「山田」という。)は昭和三四年八月六日光男から(二)土地及び(二)建物を買受け、同日その旨の登記を経由した。

(四)  訴外亡冨田善一(以下「善一」という。)は昭和三四年一二月二四日右山田から(二)土地及び(二)建物を買受け、同月二五日妹である訴外大河内玉子(以下「大河内」という。)の名義を借りて売買を原因として同人名義で所有権移転登記手続を了した。

(五)  善一は昭和四一年四月二〇日死亡し、その子である原告が相続により(二)土地及び(二)建物の所有権を取得したので実体関係に符合させるため、同四八年六月二二日大河内からの売買を原因として同月二三日移転登記を経た。

2  被告丹羽久章(以下「丹羽」という。)は(二)(三)土地のうち別紙図面の(ニ)(ホ)(ヘ)(リ)(チ)(ト)(ニ)を順次結び直線で囲まれた部分約一〇九平方メートルの上に(一)建物を建て保存登記をなして右土地を占有している。

3  光男は(一)建物を実質的に所有して右土地を占有している。

4  被告山梨稔(以下「山梨」という。)は(一)建物の五戸のうち東端の一戸(別紙図面①)を、被告松本すま子(以下「すま子」という。)は同建物の東端から二戸目の一戸(同図面②)を被告加藤義栄(以下「加藤」という。)は同建物の東端から三戸目の一戸(同図面③)を、被告佐藤安雄(以下「佐藤」という。)は同建物東端から四戸目の一戸(同図面④)を、被告山中昭三(以下「山中」という。)は同建物西端の一戸(同図面⑤)をそれぞれ占有して右土地を占有している。

5  彼等の右土地の占有はいずれも土地に対する占有権原のない不法占有である。

6  すま子は(二)建物を占有することにより(二)(三)土地のうち(ロ)(ハ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ロ)を順次結ぶ直線で囲まれた部分約一三九平方メートル及び(一)土地を占有している。

7  すま子の右占有は占有権原のない不法占有である。

8  (二)(三)土地のうち(一)建物の敷地として山梨が占有する部分の賃料月額は金一万四七七円、すま子が占有する部分の賃料月額は金四万九九〇八円、加藤、佐藤、山中の占有する部分の賃料月額はいずれも金二万三七〇六円であり、(一)土地及び(二)(三)土地のうち(ロ)(ハ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ロ)を順次結び直線で囲まれた部分の賃料月額は合計金四万九〇〇〇円である。

9  よつて原告は被告らに対し所有権に基づき請求の趣旨1ないし3記載のとおり土地及び建物の明渡と訴状が被告らに送達された日の後である昭和五〇年四月八日から各土地及び建物の明渡済に至るまで賃料相当の各使用損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める(被告ら全員)

(二)  同(二)の事実は認める。(丹羽、光男、すま子、山梨)

(三)  同(三)の事実は否認する。但し原告主張の登記が存することは認める。(右同)

(四)  同(四)の事実は否認する。但し大河内名義の登記が存することは認める。(右同)

(五)  同(五)の事実中善一が死亡したこと及び登記に関するものは認め、その余は否認する。(右同)

(六)  丹羽、光男、すま子及び山梨の(二)土地及び(二)建物についての主張

(二)土地及び(二)建物に存する山田の所有名義登記は同人が光男の印を冒用してなした不実の登記であつたが、光男は、同人に対する保証債務があつたのでこれを返済するため、昭和三四年一二月二五日善一から貸主は善一の妹の大河内名義で金六〇万円を借受けた。その際右債務を担保するため(二)土地及び(二)建物につき善一のため譲渡担保を設定することとし、登記上の名義は大河内とした。

光男は昭和四六年六月ころまでに善一に対し、その代理人訴外矢野義雄を介し幾度となく右債務につき弁済の提供をなしたが、善一は(二)土地を含めた土地上にビル建築の計画があるから右建築の際現物出資の形で清算するればよいと述べて右金員の受領を拒んできた。

又、光男は昭和五八年七月一八日原告に対し、元利合計金五六〇万円を持参し提供したが原告はその受領を拒んだ。

(七)  (二)土地及び(二)建物につき原告が所有者であることは認める。(加藤、佐藤、山中)

2  同2の事実中丹羽が、(一)建物の所有名義人であることは認める。(被告ら全員)

但し、光男は丹羽に対し、建築請負代金債務を担保するため譲渡担保を設定したにすぎない。(丹羽、光男、すま子、山梨)

3  同3、4の各事実は認める。(被告ら全員)

4  同5の事実は否認する。(右同)

5  同6の事実は認める。(被告丹羽、光男、すま子、山梨)

6  同7の事実は争う。(右同)

光男は抗弁2項(一)(二)の同様の経緯で(一)土地を含む一二番の一、518.28平方メートルについて賃借権を取得した。当初右土地のうち(一)土地は庭としてその余は畑として借受けたのであるが、善一が賃貸人となつた後(一)土地以外は同人に返還した。

7  同8の事実は否認ないし争う。(被告ら全員)

8  同9は争う。(右同)

三  抗弁

1  (三)土地について権利濫用(被告ら全員)

仮に(一)建物の名義人が光男でないため建物保護に関する法律一条の対抗力が否定されるとしても次の事情があるから原告において右対抗力の欠缺を主張することは権利の濫用で許されない。

(一) 善一は(三)土地を昭和三四年一一月一二日取得した際、前者である訴外村松又平(以下「村松」という。)から右土地につき光男が借地権者であることを告げられていた。

(二) 又善一は当時(三)土地上に光男所有の(一)建物が存し、借家人が居住、営業していることを知つていた。

(三) 善一は、(三)土地を格別必要としていなかつたが右村松から代物弁済として金二〇〇万円という借地権付土地価格よりも低い評価で取得した。

2  (三)土地に対する占有権原

(一) 訴外松本貞次郎は、明治年間訴外服部某から建物所有の目的で(三)土地を賃借して引渡を受けた。右松本貞次郎は大正一三年六月二四日死亡し、光男が右賃借権を相続により承継取得した(被告ら全員)

(二) (三)土地の所有者は右服部某から訴外兼松、村松を経て昭和三四年一一月一二日善一になるとともに賃貸人の地位も順次承継し、昭和四一年四月二〇日原告がこれを相続した。(右同)

(三) 光男は昭和三〇年ころ(三)土地上に(一)建物を建築し、所有している。(右同)

(四) 加藤は、昭和三四年六月一二日に(一)建物の別紙図面③部分を、山中は、同四四年一〇月二〇日同建物の別紙図面⑤部分をいずれも(三)土地の賃借人であり(一)建物の所有者である光男の承諾のもとに右建物の賃借人であるすま子から賃借し、各右同日右部分の引渡を受けた。(加藤、佐藤、山中)

(五) 佐藤は昭和三一年二月一七日(一)建物の別紙図面④部分を光男から賃借し、右同日右部分の引渡を受けた。(右同)

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の前文は争い、(一)ないし(三)の事実は否認する。

2  同2の事実中(一)(二)の各事実は否認し、(三)の事実のうち光男が(一)建物を実質的に所有していることは認め、(四)(五)の事実のうち各被告の占有の事実は認めるが、その余の事実は不知。仮に(一)ないし(三)の事実があつても(一)建物の登記は光男名義ではないから借地権をもつて原告に対抗することはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一(一)土地について

1  (一)土地につき、原告がこれを所有していること、右土地をすま子が占有していることは原告とすま子との間で争いがないところ、すま子は右土地につき光男が借地権を有していることを主張するのみで、すま子の占有権原については主張も立証もしない。そうするとすま子は原告に対し(一)土地を占有すべき何らの権原もないことになるから右土地を明渡す義務がある。

2  被告松本すま子の供述によると(一)土地は現在(二)建物の敷地の一部として、主に庭に使用していることが認められる。右事実に鑑定人野崎優の鑑定結果を考慮して判断すると(一)土地の賃料相当損害金の月額は金一万円と認めるのが相当である。

二(二)土地及び(二)建物について

(二)土地及び(二)建物について原告と加藤、佐藤及び山中との間では原告所有であることに争いがなく、右土地及び建物をもと光男が所有していたことは原告と丹羽、光男、すま子及び山梨との間で争いがない。

そこで右被告ら四名との関係で判断するに成立に争いのない甲第二、第五号証には、請求原因1(三)ないし(五)の事実に符合する記載があり(右甲号証の如き登記があることは右当事者間に争いがない。)、証人冨田文、同大河用玉子の各証言中には右原告の主張に沿う部分がある。しかし右各証拠はいずれも善一からの伝聞で、しかも売主、売買代金の額、売買年月日も明確ではない極めて概括的な内容であつて、被告松本光男の供述(第一、二回)及び右第二回供述により真正な成立が認められる乙第一号証の二と対比すると、前掲登記簿(甲第二、五号証)の記載が実体を正確に反映しているかについては相当疑わしいといわざるを得ず、前記各証言も信憑性は極めて乏しいものであるというべく、これらをして右原告主張の事実を認定する資料とはなしえず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

してみると原告の本訴請求のうち右丹羽、光男及びすま子との関係で(二)土地及び(二)建物につき原告に所有権があることを前提とする部分は理由がなく失当である。

三(二)(三)土地のうち(ニ)(ホ)(ヘ)(リ)(チ)(ト)(ニ)を順次結ぶ直線で囲まれた部分について

1  右土地中(三)土地が原告の所有であることは原告と被告ら全員との間で争いがなく、又(二)土地については加藤、佐藤、山中の関係では原告の所有であることに争はないが、その余の被告らとの関係では原告の所有であるとは認められないこと、前項に説示したとおりである。

2  ところで、〈証拠〉によれば、(三)土地は光男の先代においてこれを賃借して右土地上に居宅を所有して使用してきたが、光男は昭和三〇年ころ当時賃貸人であつた村松の承諾を得て前記居宅を移転し、右土地上に(一)建物を建築したこと、右建築工事は丹羽が光男から請負つたが、請負代金が一部しか支払われなかつたため、請負代金債権を担保する趣旨で光男との間の約定により丹羽が(一)建物につき保存登記を経たことが認められる。

又一方〈証拠〉によれば、善一は昭和三四年ころ(三)土地を村松から買受け、原告がこれを相続により取得し、いずれもその旨の登記を経由したことが認められる。

3  右事実関係のもとで判断すると、光男は善一が(三)土地につき所有権移転登記を経由する前、右土地につき賃貸借の登記をした事実もなく、又(一)建物につき光男名義の所有権保存登記或いは移転登記を経由した事実もないのであるから光男は建物保護に関する法律一条にいう登記した建物を有する者には該当せず、(三)土地につき賃借権を善一及びその承継人である原告に対抗することはできない。

4  ところが〈証拠〉によれば次の事実も認められる。

(一)  光男と善一は昭和二一年ころから釣仲間として親交があり、善一は昭和三四年当時今池の交差点付近に新今池ビルを所有していた者で、光男は覚王山通七丁目付近の発展会長を務めていたが、昭和三〇年の(一)建物の建前にあたり、善一は光男に対し、祝儀を持参して祝意を表した。

(二)  光男はかねてから(三)土地の地主であつた村松に対し、右土地を買取りたい旨申入れていたが、同人は善一に対し、金二百数十万円の負債があつたためその代物弁済として(三)土地を善一に提供した。

(三)  善一は(一)土地の外(三)土地の近隣に土地を所有していたことからこれらの土地上にビル建築を計画していることを光男に打明けた。

光男も地域の発展のために善一の計画には協力する旨応えたので、(三)土地の賃料についてもビル建築の際清算することとして善一においてそれまでその支払を猶予する旨双方合意した。

(四)  光男は当初(一)建物の別紙図面②部分で妻であつたすま子とともに花屋を営んでいたが、昭和三三年からはすま子が単独で右営業をするようになつた。又加藤は昭和三四年六月ころ別紙図面③部分を光男から(但し賃貸人名義はすま子)賃借し、以後同所で不動産業を営んでいる。佐藤は昭和三一年二月ころ別紙図面④部分を光男から賃借し、以後同所で書店を営んでいる。さらに山中は昭和四四年一月ころ別紙図面⑤部分を光男(但し賃貸人名義はすま子)から賃借し、以後同所で洋服仕立業を営んでいる。

(五)  原告は昭和四六年ころ光男や(一)建物の占有者を相手に土地明渡の調停を申し立てたのでそのころから(三)土地の地代は供託されるようになつた。

以上の事実が認められ、これらの事実によれば、善一は昭和三〇年当時から光男が(三)土地を建物所有目的で借り受け、(一)建物を所有していることを熟知していたもので、その後(三)土地を所有するに至つてからも光男の賃借権を暗黙裡に認めたうえで新ビル建築に協力するよう申入れ、右建築時まで地代の支払を猶予していたものであること、しかしながら善一は新ビルの建築を具体化しないまま昭和四一年四月二〇日死亡し、原告が同人を相続したのであるが、善一が所有者であつた時期のみならず原告が(三)土地を相続により取得したのちにおいても昭和四六年ごろまで被告らに明渡を求めた形跡はなく、加えて原告が現在本件土地の明渡を求める心要性は証拠上何ら認められないのに対し、(一)建物は当初から賃貸用として建築されたものであつて、光男は加藤、佐藤、山中に別紙図面③④⑤をそれぞれ賃貸し、賃借人らは前記認定のとおり右賃借部分で営業し、すま子は光男と婚姻中から引続き同図面②部分で花屋を営んで生計を維持しているのであるからこれらの諸事情も斟酌すると、丹羽、光男に対して右建物の収去、(二)(三)土地のうちその敷地部分の明渡を求める原告の請求は(二)土地については既述のとおり理由がなく、(三)土地については権利の濫用と評すべきであり、その権利行使は許されないものといわなければならない。そうである以上、(一)建物を使用しているすま子、山梨、加藤、佐藤、山中に対して右建物より退去して敷地の明渡を求める請求も又理由がないことは明らかである。

5(一)  原告において右土地部分の使用収益を妨げられることにより蒙つている損害は一に(一)建物を存置させることに起因するものであるから(一)建物の所有者においてこれを賠償する責務があるというべきである。そして丹羽は光男に対する請負工事代金債権を担保する趣旨ではあるが(一)建物につき保存登記を経たことは前示のとおりであり、光男が実質的な所有者であること即ち、右建物を使用収益していることは当事者間に争いがない。右両名が、原告に対し(一)建物収去(三)土地明渡を拒絶しうることは既述のとおりであるが、しかしそのことから直ちに右被告らが(三)土地の適法な占有権原を有することになるものではなくその占有の違法性が阻却されるわけでもないから、かかる場合(一)建物を存置させることにより原告において発生する損害については丹羽、光男両名が共同不法行為者として賠償すべき義務があるといわなければならない。

(二)  しかしながらその余の被告らはいずれも(一)建物の占有者(そのうち加藤、佐藤、山中は所有者である光男との賃貸借契約により占有している。)に過ぎないから他に特段の事情の認められない本件にあつては(二)及び(三)土地(すま子、山梨については(三)土地のみ)のうち(一)建物敷地部分につき使用収益を妨げられたことにより原告に生じた損害と右被告ら五名の建物所有との間に相当因果関係はないと解するのが相当である。

(三)  そこで原告の損害を検討するに右丹羽、光男両名との関係で(一)建物の存在により原告の使用収益を妨げられると認められる範囲は(三)土地に限られることは二項において説示したことから明らかである。そして鑑定人野崎優の鑑定結果によれば右部分(別紙図面(オ)(ワ)(ヘ)(リ)(チ)(ト)(オ)を順次結び直線で囲まれた部分)の損害は金一一万七七六五円とするのが相当である。

四結論

以上の次第であるから原告の本訴請求中丹羽、光男に対するものは(三)土地のうち(オ)(ワ)(ヘ)(リ)(チ)(ト)(オ)を順次結んだ直線で囲まれた部分の使用損害金を求める限度で、すま子に対するものは(一)土地の明渡とその使用損害金(但し月額金一万円)の支払を求める限度でいずれも理由があるので認容し、右被告ら三名に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求はいずれもその余の点につき判断するまでもなく失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については不相当と認めこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(合田かつ子)

第一物件目録

(一)名古屋市千種区覚王山通七丁目二一番の一

宅地 518.28平方キロメートル

のうち、別紙図面の(イ)(ロ)(ヌ)(ル)(イ)を順次結んだ直線で囲まれた部分約四〇平方メートル

(二)同所一二番の三

宅地 103.20平方メートル

(三)同所一三番

宅地 144.62平方メートル

第二物件目録

(一)名古屋市千種区覚王山通七丁目一二番地

家屋番号 同町同丁目一〇番の四

木造瓦葺二階建店舗兼居宅

床面積 一階 106.71平方メートル

二階 74.28平方メートル

(二)同所同番地

家屋番号 同町同丁目一〇番三

木造瓦葺平家建居宅

床面積 約一〇三平方メートル

(登記床面積 69.15平方メートル)

(別紙図面の建物)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例